清泉女子大学 文学部地球市民学科
安斎徹ゼミナール
ふたりが主役の結婚式を目指して、
これまでの「当たり前」に課題を投げかける
清泉女子大学文学部地球市民学科・安斎徹ゼミナールの皆さんは「ジェンダーバイアスと未来の結婚式を考えるプロジェクト」という作品で、SDGs探究AWARDS2022(以下、アワード)審査員特別賞を受賞されました。伝統的な男女の役割を強調した儀式や演出が存在し、ジェンダーの観点では課題がある従来の結婚式。ある種当たり前となっていた「意識されにくい」問題に着目し、新郎新婦が心から自分たちらしいと思える結婚式を目指して、結婚式場へのフィールドワークやグループワークを重ね、ブライダル企業へ新しい結婚式のカタチを提案。その着眼点や企業との協働を交えた取り組みが高く評価されました。今回はゼミナール生の森嶋彩音さん、山下優佳さん(アワード参加時3年生)と安斎徹先生に、プロジェクトへの取り組みや当時の想いについてお話を伺いました。
本当に自分たちらしい結婚式とは
たくさん対話を重ねて見えてきた課題
―今回なぜ「結婚式」に着目したのでしょうか
山下さん「ゼミの先輩が『2100 年の結婚式を考える』というプロジェクトに取り組んでいました。従来の結婚式とは異なる近未来を想像したその内容がとても興味深く、結婚式というものに探究心が湧きました。同時に大学の授業でジェンダーやダイバーシティ、アンコンシャスバイアスといったものを学んでいて、そこから“今の結婚式”を見直してみたいと思ったのがきっかけです。」
―お二人はグループのリーダー、プロジェクト全体のリーダーをそれぞれ務められたそうですね。どのようにプロジェクトを進めていきましたか?
森嶋さん「私は5人グループのリーダーを務めました。ジェンダーというのはとても広いテーマなので、どうやって結婚式と結びつけるか、具体的に企業に対してどういう提案をしていくか悩みました。最初は『結婚式』、『ジェンダー』という言葉から、私たちが今持っている知識で課題を挙げ、それに対する解決策を出してみるという作業をひたすら行いました。そうした中から、“女性が主役”の結婚式が一般的になっていることに問題意識を持ったので、新郎新婦の“ふたりが主役”の結婚式を挙げられるように、ということに着眼して、取り組むことになりました。話し合いを重ねてたくさん模索したことが、チームワークを作る上でもとても良かったと思います。」
山下さん「私は全体のリーダーと、5人グループのリーダーも務めました。話し合いの中で論点がジェンダーから離れてしまうことや、それぞれが理想とする結婚式の在り方が異なり、議論がまとまらないこともありました。しかしそういった時には、相手の意見を否定するのではなく、例えば『このアイデアとジェンダーに関するこの部分を掛け合わせたらもっと良いプランになる』といった発言をするなど、ファシリテートも意識しました。企業の方への発表まで時間が無く、みんなで集まれる時間も取れず、スケジュール調整が大変なこともありましたが、Zoom会議を夜に行ったり、集まれる人だけで集まって後からみんなで資料を共有したりするなど、工夫しました。」
―新しい結婚式の提案を行うにあたって、ブライダル企業の男性社員の方にインタビューを行ったそうですね
山下さん「ディスカッションで感じたことは、女性と男性の意見の差が大きいということです。男性には、“結婚式は女性のためのもの”という意識が強いという印象を受けました。ネットで情報収集していた際も結婚式とジェンダーに関連づけて発信している記事はあまり見当たらなかったので、現場の男性のリアルな声を聞くことによって、より深く課題を探れたと思います。」
森嶋さん「一人の男性として率直にお話いただけるように、質問の仕方を工夫して、フランクに聞きつつも、ビジネスの場として失礼のないように、という点に気をつけました。ブライダル企業の男性社員からお話を伺う機会はなかなかないので、とても参考になることが多く、私たちの提案にとてもプラスになったと思います。」
―プロジェクトを進める中で一番楽しかったことを教えてください
山下さん「発表をするにあたって、企業の方がどんな反応をしてくれるのか、とても楽しみでした。私たちのグループは実際に結婚式をしているような物語風のプレゼンをしました。企業の方に元気で面白かったと言っていただき、恥ずかしかったのですが、頑張った甲斐がありました。」
森嶋さん「みんなでアイデア出しをしている時に『これだ!』というものが浮かんだ時が一番ワクワクしました。少しテーマと違うものや、ありきたりかな、と思うものがたくさん出る中で、ふとした時にいくつかのアイデアを組み合わせて、独創的な提案が生まれる瞬間が何回かありました。そうした時に『これでいい提案ができるね』と一致団結できたことがとても印象深いです。」
若い世代からの問題提起が企業の意識を変えるきっかけに
伝統が持つ素晴らしさと多様性を調和した「将来の常識」をつくる
―プレゼンテーションでは結婚式の準備段階から、カップルへのアプローチに工夫し、ジェンダーフリーの衣装、バージンロードの名称変更や、ウエディングケーキを新郎新婦で食べさせ合うファーストバイトの意味づけを変えるなど、結婚式に新たな選択肢をもたらす提案をされていました。学生の皆さんの提案内容を聞いて、先生はどのような感想を持たれましたか?
安斎先生「このプロジェクトはとても難しかったと学生たちが言っていました。ジェンダーの問題が概念的であることと、それを具体策に落とし込むというところ、そして結婚式は伝統的なものなので、どこまで変えて良くて、どこは変えてはいけないのかの判断が難しかったようです。そんな中でも、伝統や現状を踏まえつつ、大きな枠組みは変えないながらも、“おかしい”と思うところを指摘する提案が出てきましたので、調和のとれた良いアイデアだと感じました。」
―ブライダル企業(ウエディングパーク・八芳園)の方の感想はいかがでしたか?
安斎先生「我々の提案で、直ちに業界慣行が変わったということではないのですが、ご協力いただいた株式会社ウエディングパーク様、株式会社八芳園様からは、従業員の皆さんがこれまで課題と感じていながらも、積極的な取り組みが出来ていなかった“結婚式にはジェンダーの問題がある”という論点を深掘りすることができ、企業にとっても良い経験になった、と言っていただいています。10年経つと今の常識が非常識になっている可能性がありますので、こういった取り組みは誰かが必ずやらなければいけないことだと思います。学生の提案がきっかけでその後の慣習が変わり、将来『これって誰が考え出したの?』と遡ったときに、このプロジェクトに辿り着いてくれたら嬉しいですね。」
―ご指導にあたって大切にしていることを教えてください
安斎先生「企業や地域とできるだけ連携していくことを重視してプロジェクトを進めています。この結婚式プロジェクトは約1か月間行いましたが、実は年間では多種多様なプロジェクトに取り組んでいて、1件ごとの検討内容は学生に任せています。プロジェクトごとにリーダーを輪番で務めるようにしており、結果的に全ての学生がリーダーの経験をします。複数のプロジェクトが並行して進んでいるので、リーダーとフォロワーを同時に体験することになります。そうした負荷をかけることが一番成長を促すのではないかと考えています。企画力を高めるために日頃からアイデアを練り出す訓練もしており、教員としては大枠としての教育システムを設計した上で個別の検討内容は学生に一任しており、発表当日に何が出てくるか私も楽しみにしていました。」
活動を通して学んだ自分の中のアンコンシャスバイアス
広い視座でしなやかに社会を変えられる人に
―これから社会人として活躍していくにあたって、プロジェクトで学んだことをどのように活かしていきたいですか?
森嶋さん「自分の中にも知らない間にジェンダーバイアスが組み込まれていて、そこに何も違和感を持っていなかったことに気づかされました。このプロジェクトを行ったのが3年生の秋頃だったため、ジェンダーバイアスや女性活躍も意識し、またライフイベントでキャリアを諦めることがないようにということにも焦点を当てて就職活動をすることができました。
一方で、社会にあるバイアスが全て悪いとは思っていません。そういった風潮に対して自分が『嫌だな』と感じた時には素直に意見を言うことができたり、社会を少しでも変えていけるような人になりたいと思っています。」
山下さん「ジェンダーバイアスというものを初めて学習して、いたるところでその存在に気づくようになりました。プロジェクトを経て、卒業論文や卒業プロジェクトでも女性活躍に関するテーマを選定し、現在は女性の健康について調査しています。就職活動をするにあたっても、女性が活躍できる環境であるかどうかを重視しました。
将来的には、そもそも『バイアス』という言葉自体が無い社会になって欲しいと考えています。全ての人が快適に暮らし、自分らしく輝ける世界を作るために貢献できる人になりたいと思っています。」
―結婚式という学生とは遠いと思えるテーマから、自分自身や社会全体に対する気づきへと広がった今回のプロジェクト。これからの学生にどのような学びを提供していきたいか、展望をお聞かせください
安斎先生「教育の現場にいて、今は“教える”時代ではなく、学生が“学び合う”時代になったと感じています。先行き不透明で正解の無い時代にあって、知識の伝授という比重は下がっていきます。では何を学び合うかというときに、できるだけ“リアルな現場で困っている人をどのように救うのかの解決策”を学生に考えさせたいです。“少子高齢化”など抽象的なテーマであれば、教室の中で話し合える場合もありますが、それだと空論に終わってやりがいも達成感もありません。従って、できる限り社会にあるリアルなテーマに取り組んで、当事者と向き合っていく。そのような小さな体験を積み重ねることが大事であると考えています。
答えのない問いに対して学生が何度も何度も立ち向かう経験を積み重ねることによって、結果的に『未来を創る力』が身についていきます。清泉女子大学の地球市民学科の目標は、未来を創り出すチェンジメーカーを育成していくことです。」
取材を終えて
今回、プロジェクトのお話を伺うとともに、3年間の大学生活についても振り返っていただきました。1、2年次はコロナ禍のため楽しみにしていた国内外へのフィールドワークの中止や、友達作りの面で悔しい想いもあったと教えてくれたお二人。しかし、通学の時間を学習に充てたり、オンラインを使ったフィールドワークや時間や場所にとらわれないコミュニケーションの取り方を学んだりと、逆境を糧にご自身の成長に繋げた姿がとても印象的でした。
また、清泉女子大学に着任されて4年目の安斎先生。現在4年生の森嶋さん・山下さんとは“言うなれば同期”の存在です。着任初年度の4月、一人の学生からの『コロナに負けたくない』という言葉がとても印象的だったとお話してくださいました。「コロナを言い訳にせず、制限された環境下においても如何に良質な教育の機会を提供できるか、教員としての矜持が問われる日々でした。このような状況下において、オンラインでもできることをとことん追求し、オンラインでの陸前高田フィールドワーク※などを実現させました。森嶋さんも山下さんも、陸前高田フィールドワークを経て安斎ゼミに入りました。そうしていろんなことを工夫してきた1年生が今、4年生になっていると思うと、とても感慨深いです。こういった学びが広い意味でキャリアにつながっていくことはとても嬉しく思います。」と、まさに“生きた学び”を学生の皆さんと共に作られているご様子が伝わりました。
私たちはこれからもアワードを通して、若い世代の皆さんが生き生きと学ばれていく姿を、たくさんの方にお届けして参ります。
※陸前高田フィールドワーク
清泉女子大学の地球市民学科では、安斎先生の指導のもと2020年度〜2022年度に陸前高田フィールドワークを実施しました。森嶋さん、山下さんが参加した2021年度のフィールドワークでは、現地訪問は叶わなかったものの、オンラインでインタビューし、『陸前高田SDGs物語』という冊子を作成しました。清泉女子大学で初めてのクラウドファンディングを実施し、増刷費用を集め、全国のメディアや教育機関に送付しました。